日銀は18〜19日に開く金融政策決定会合でマイナス金利政策を解除するか議論する。解除を決めるとの見方が出ている。2000年のゼロ金利政策の解除など、過去に日銀が政策を変えた際には政府と日銀の不和が目立ったこともあったが、足元では行き違いは表面化していない。両者の関係を密にした理由の一つは、円安を招いたことへの経済界や世論の批判だ。
18日からの日銀会合の直前でも政府の「注文」目立たず
「政府と密接に連携を図り、賃金上昇を伴う形での物価の持続的・安定的な実現に向け、適切に金融政策運営が行われることを期待する」。林芳正官房長官は15日の記者会見で日銀の政策変更について問われ、こう述べた。
マイナス金利政策を解除すれば、07年以来、17年ぶりの利上げとなる。政府内からは日銀への厳しい「注文」は聞こえない。背景には、過度な物価上昇率や、その一因となっている円安に批判が出ていることがある。
「現在の物価は我々が想定する『適度な』物価である2%を大きく超えている」。23年11月、経団連の十倉雅和会長は岸田文雄首相らの前でこう言い切った。
円安放置のままの「賃上げ頼み」、経済界にたまる不満
日銀は政策変更の重要な判断材料に賃上げの動向を挙げ、政府も24年度に「物価高を上回る所得増」との目標を掲げて経済界への圧力を強める。経済界もその必要性は理解しつつも、ある財界幹部は「賃上げばかりを求められてもつらい」と本音を漏らす。
経団連は24年1月に発表した経営労働政策特別委員会(経労委)報告で、足元の物価高の要因の一つに「不安定な国際情勢や円安基調」を挙げた。この報告では通常、不文律として金融政策に踏み込まないが、原案には「適度な物価上昇の実現に向けた金融政策の実施を強く求める」との表現が盛り込まれた。
米欧の中央銀行が利上げを進めた一方、日銀が大規模緩和を続けた結果、為替相場は1ドル140〜150円という円安傾向で推移し続けてきた。原材料やエネルギーの輸入コストがかさんだことで、ガソリン価格などが上がった。経済界からは円安を放置したまま日銀や政府が「賃上げ頼みに走っている」とも映る。
過去には政府が日銀に「待った」かける
日銀の政策変更を巡っては、過去には政府と日銀の間の不和を招いたことがある。2000年8月のゼロ金利政策の解除を巡り、政府は民需中心の景気回復が実現するかの見極めがなお必要だとして反対した。
日銀の決定会合には正副総裁、審議委員らに加え、財務省と内閣府からも閣僚らがそれぞれ出席する。政府は議決の延期を請求する権利を持つ。このときには日銀は政府の反対を押し切って解除を強行した。
06年にも政府が待ったをかける中で量的緩和を解除し、当時の安倍晋三官房長官が日銀に不信感を抱くきっかけになったとされている。
政府がデフレ脱却の判断で重視すると説明する4つの経済指標は、06年に内閣府が国会に提出した資料に明記された。
4つの指標には、日本経済の供給と需要の差を表す需給ギャップなど簡単にプラス圏に浮上しづらい指標を含む。日銀が早急な政策変更に踏み切らないよう、脱却のハードルを高める狙いもあったとみられている。
「岸田版アコード」にこめた意思疎通の円滑化
第2次安倍政権が発足し、黒田東彦氏が日銀総裁に就く流れのなかで、政府と日銀は2013年に共同声明(アコード)を出した。「デフレからの早期脱却と物価安定の下での持続的な経済成長の実現に向け、政府および日本銀行の政策連携を強化する」と確認し、足並みをそろえた。
ただ、日米の金利差拡大やロシアのウクライナ侵攻などを受けて円安や物価上昇が一気に進んだ。黒田前総裁の23年4月の任期切れが迫るなか、政府内では22年末ごろから共同声明の取り扱いが懸案として浮上し、一時は改定も取り沙汰された。
結果的に共同声明の改定には至らなかったものの、政府と日銀の新たな連携策が23年の経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)に盛り込まれた。日銀総裁も出席する政府の経済財政諮問会議が「物価や賃金、分配面も含めた経済の状況」を定期的に検証するとの取り決めだ。
13年の共同声明では、2%目標の実現に向けて検証する項目として挙げたのは物価や雇用情勢などだった。今回、賃金など分配面の動向も政策目標として点検することを明確にした。
ある内閣府幹部は「日銀とのコミュニケーションはうまくいかないことが多かった」と語る。骨太の方針での取り決めが、かつてのような意思疎通を欠いた政策変更の歯止めになるとの期待を込めたという。
足元では15日に連合が発表した春季労使交渉(春闘)の1次集計で賃上げは平均5.28%となった。過去の最終集計と比較すると、5.66%だった1991年以来、33年ぶりの高い水準となった。内閣府内で「実質的な岸田版アコード」とも呼ばれる骨太の一文も、日銀の政策変更の後押しとなりつつある。
経済環境は追い風、GDPも改定値でプラスに
マクロの経済環境をみても、日銀が政策変更しやすくなる追い風が吹いている。2月に内閣府が発表した23年10〜12月期の国内総生産(GDP)は前期比の年率で0.4%減となり「政策修正の冷や水になる」との見方もあったが、3月の改定値でプラスになった。
民間エコノミストの予測では1〜3月期の実質GDPは再びマイナス成長になる公算だ。内閣府内には「10〜12月期がプラス成長に改定されたので、いまのうちにマイナス金利を解除してしまった方が良い」との見方もある。
政府はガソリン価格の高騰を抑える補助金を巡り、4月末としている期限の延長を検討しているが、補助額の段階的な縮小も視野に入れている。電気代・都市ガス代への補助も5月以降に縮小する予定だ。家計のエネルギー負担が高まれば円安批判が再び起きかねない。そんな懸念も、政府内のマイナス金利解除の容認論を後押しする要因となっている。