【NQNニューヨーク=三輪恭久】米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が25日、米カンザスシティー連銀が主催する経済シンポジウム(ジャクソンホール会議)で講演した。市場では、金融引き締めに積極的なタカ的な方向に傾きながらも、バランスをとった内容との受け止めが目立った。
景気に中立的な金利水準である「自然利子率」については、踏み込んだ発言がなかった。もっとも、米経済はFRBが急ピッチで利上げをした後でも底堅さを保っている。金融政策の効果が経済に波及するタイムラグも考慮に入れながら、難しいかじ取りを迫られる局面にあることもうかがわせた。講演のキーワードから、今後の金融政策を読み解く。
「適切であれば、さらに利上げをする用意がある」
米国の物価上昇率は昨年のピークから徐々に鈍化している。6月の個人消費支出(PCE)物価指数では、食品とエネルギーを除くコアが前年同月比4.1%上昇と、2021年9月以来の伸びとなった。それでも、FRBのインフレ目標にはまだ距離があり、パウエル議長は「依然として高止まりしている」と指摘。追加利上げの可能性を示唆した。
物価上昇率がインフレ目標の水準に向かって持続的に下がっていると確信できるまでは、政策金利を引き締め的な水準に維持する考えも改めて強調。タカ派的な印象もあるが、今後の政策判断についてはデータやリスクを評価しながら「慎重に進める位置にある」と述べた。エバコアISIのクリシュナ・グーハ氏は「FRBが次の会合で再び(利上げに)動く可能性が低いことを示すシグナルだ」と読み解く。
「経済が想定したほど冷え込んでいないという兆しを注視している」
米経済は今年に入って失速するどころか、市場の想定を上回る成長が続いている。アトランタ連銀が推計する「GDPナウ」(24日時点)では、7〜9月期の実質国内総生産(GDP)成長率が年率換算の前期比で5.9%増と見込む。実勢より高めに出やすいとされるとはいえ、米経済がトレンド成長率を上回っているのは明らかだ。
経済の強さは物価押し上げのリスクとなり、「一段の引き締め的な政策を正当化する」と語った。市場では「経済の見通しにかかわるリスクについては、ややタカ派的だった」(ゴールドマン・サックス)との見方があった。労働市場では需給の軟化にともない、賃金上昇の圧力が柔らでいることに言及した。ただ、足元では名目賃金の上昇率が物価上昇率を上回り、実質賃金がプラス圏に浮上している。名目賃金の上昇鈍化がどれくらい進むかも今後の政策判断に影響しそうだ。
「2%は我々のインフレ目標であり、そうあり続ける」
パウエル議長は「実質金利はすでにプラス圏にあり、自然利子率の主要な推計値よりも高い」とも述べた。景気に中立的な自然利子率は「r*(アールスター)」とも呼ばれ、金融政策運営では重要な役割を果たす。ただ、自然利子率を正確に見いだすことは難しく、「金融政策の引き締め度合いの正確な水準については常に不確実性がある」という。
ジャクソンホール会議の開幕前に、ニューヨーク連銀のホームページ上に自然利子率に関する論考が立て続けに公開された。自然利子率が上昇している可能性に言及していただけに、パウエル議長がなんらかの考えを示すとの観測が高まっていた。ウェルズ・ファーゴのジェイ・ブライソン氏は「インフレ目標を引き上げるという微修正をするかもしれないという予想に対して、パウエル議長は冷や水を浴びせた」と指摘した。
「我々は曇り空のもとで星をたよりに航海をしている」
結論の冒頭でパウエル議長はこう述べた。JPモルガンのマイケル・フェローリ氏は様々な不確実性があるなかで政策判断をしなければならないことを示したと解説する。正確な自然利子率をリアルタイムに測定できないことはいわば伝統的な課題だ。加えて、今の利上げサイクルに特有の需要と供給の混乱がインフレや労働市場の動向に影響を与え、複雑さが増している。それゆえにFRBは様々なデータを総合したうえで「機敏な政策決定が求められている」という。
ジャクソンホール会議には米地区連銀総裁も集まり、米主要メディアの取材に答えた。クリーブランド連銀のメスター総裁は「6月時点では24年の利下げを予想していない」と述べ、まだやるべきことがあるとも語った。シカゴ連銀のグールズビー総裁は「議論は(再び利上げをするかどうかよりは)、どれくらい長く高い金利を維持するかに移っている」と話した。米経済が底堅さを保っている限り、FRBが利下げに転換する時期は遠のいたと総括できるだろう。