投資情報ななめ読み

「日銀が主役」終わるか、記者が見る「問う総裁」の針路

植田日銀1年 金融正常化へ歩み 番外編

日経新聞より引用

日銀総裁に植田和男氏が就任して1年が過ぎました。就任当初は政策修正に慎重なハト派と見られることもありましたが、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)とマイナス金利政策を撤廃・解除し、市場に大きな混乱無く大規模な金融緩和策の幕引きにつなげました。

日本経済新聞は連載企画「植田日銀1年 金融正常化へ歩み」で、植田総裁の素顔や政府との関係、人材流出への苦悩といった観点から植田日銀の実情に迫りました。市場では早くも追加利上げの時期に注目が集まっています。

小野沢健一金融グループ次長と日銀取材総括の大島有美子キャップ、新井惇太郎記者に企画のあとがきを執筆してもらいました。金融正常化に一歩踏み出した日銀がこの先どこに向かうのか、取材に携わってきた記者の思いを紹介します。

「黒子役」へ回帰望む日銀

「ようやくスタートラインに立った。日銀が主役という状況はおかしかったが、本来の姿へ戻っていく」

日銀がマイナス金利政策の解除を発表した約1週間後、ある日銀関係者は感慨を込めてこう話しました。

黒田東彦前総裁は「黒田バズーカ」と呼ばれたサプライズ手法で市場の注目を集めました。植田総裁就任後もマイナス金利などの政策変更時期が注目され、言動が伝わるたびに為替や金利が大きく動くことがありました。

日銀内から「本来(日銀は)黒子役。注目が集まりすぎている」との声を聞いていました。植田総裁は3月の金融政策決定会合で異次元緩和を手じまいし「普通の金融政策を行っていく」と話しましたが、多くの職員が同調したように思います。

政財界にも大きな異論は広がりませんでした。その理由について、関係者は「緩やかに衰退する世界を選ぶならそれでよかった。だが、日本はまだそうじゃないと思っている人が多かった」と振り返ります。

ただ、金融正常化への道は痛みを伴います。「金利ある世界」で想定される新陳代謝について、内田真一副総裁は「通常ポジティブな文脈で、あえて言えば多少安易に使われることがあるように思うが、生の現実としては一定数の企業の減少を意味するもの」と率直に語っていました。

日銀執行部は今回の政策判断で「(マイナス金利解除後も)当面は緩和的な環境が継続する」として政府の理解を得ましたが、この先は困難が予想されます。「『無理さえしなければやっていけた』デフレ期の方が良かったという声」(内田氏)と対峙することもあるかもしれません。

市場では日銀の追加利上げの時期に関心が高まっています。保有国債やETFの出口の問題にメドはつかず、植田総裁の言動は引き続き注目されています。「日銀が主役」の状況は当面続くことになりそうです。

4月1日からデスクとなりました。取材現場の第一線を離れましたが、より広い視野から金融政策の動きをウオッチしていきたいと思います。

(小野沢健一)

政府との関係は蜜月から緊張へ

4月1日から日銀の取材を初めて担当することになりました。なかなか見えにくい、金融政策の形成過程をできる限り詳しく、わかりやすく伝えていきたいと思っています。

円安が進むなか、早くも次の利上げがいつになるかが注目されています。「消費が弱いのに追加の利上げができるのか。政治や国民の理解を得られるのか」。政府関係者への取材ではこういった指摘もありました。

3月の金融政策決定会合では、財務省は「個人消費は力強さを欠いており、海外経済のリスクも認識している」と意見しました。実体経済がはっきり良くなるまで追加の利上げはするなという、日銀に対するけん制球のようにも見えます。

ある財務省幹部は「2%の物価上昇率の目標が実現すれば、政府と日銀の間にかつての緊張関係が戻る」と予告しました。金融を引き締めて景気にブレーキをかけるという、政府・与党が嫌がる選択肢が日銀に生まれるためです。

日銀としては3月時点で「物価目標の実現が見通せる状況に至った」と判断しただけに、さっそく緊張感が生まれつつあるように思います。政府と日銀の関係はここ10年間のような「蜜月」からの変化が避けられません。

日銀関係者は次の利上げについて「データ・ディペンデント」と強調します。データに依存する、つまりは物価を中心とするデータ次第だという考えです。中央銀行は独立しているとはいえ、本当にデータだけで決められるのか。日銀と政府の間合いにも注目していきます。

(新井惇太郎)

日銀の「ヒアリング」力、利上げ局面で再磨き

「金利が上がった場合、御行の住宅ローン債権はどうなりますか」。ある金融機関トップと植田総裁が2023年後半に挨拶で面会した際、終了予定時刻を過ぎて秘書が次の予定を知らせにくるまで植田総裁は様々な質問を続けたそうです。

賃金と物価などの重視する経済指標の動きをどう捉えるか、それが政策判断にどう影響を及ぼすのか。考え方のプロセスを、日銀は記者会見など様々な場で繰り返し説明しています。日銀担当になって半年がたち、こういう数字がでたら日銀はこう考えるだろう――というイメージがおぼろげにですが湧いてくるようになりました。

一方考えて導いた仮説が裏切られることは実際の経済では多々あります。特に新型コロナウイルス下を経て働き方が変わり、海外発の資源・食料高に見舞われたいまは経済構造が変わり、従来のモデルが通用しない。虚心坦懐(たんかい)にいま起きていることを分析して予測しなければならない。ヒアリングを重視し、磨いてきた日銀からは、そういう意識を感じます。

「海辺の貝殻を1000枚調べても、その海辺全体の貝殻の構成を示しているとは言えない」。植田総裁は周囲にこうも語ったことがあるそうです。これは逆にヒアリング情報の限界を意味します。ヒアリングで「相場観」(日銀関係者)をつかみつつも、どこかで判断しなければなりません。

どこまで利上げするのか、長期国債の購入はどう減らしていくのか、買い入れたリスク資産の処理は。難題は山積しています。「すでに解があって隠しているわけではなく、探っているところ」と関係者は話します。

金利上昇の家計や企業に与える影響や、経済の変調の兆候をつかむため、ヒアリングと検証作業は一層重要になってきます。より視野を広げて取材を重ねたいと思います。

(大島有美子)

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