日銀が長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の運用柔軟化を決めてから1週間あまり。政策修正を市場参加者はどのように受け止め、対応し、金融資本市場の先行きをどのように見通しているのか。投資家のスタンスと焦点を探る。
サプライズ修正、静寂のディーリングルーム
ある国内証券の債券ストラテジストは「会合の結果発表前から対応に追われていた」と振り返る。日経電子版が7月28日未明に同月27〜28日の金融政策決定会合を巡り、「YCCの修正案を議論する」と報じ、顧客である投資家からの質問が相次いでいた。長期金利は28日午前、日銀が変動幅の上限としていた0.5%を突破した。
28日12時28分、日銀は金融政策決定会合の結果を公表した。YCCの枠組みや「プラスマイナス0.5%程度」という長期金利の変動許容幅を維持しつつも、長期債を対象に実施している連続指し値オペ(公開市場操作)で指定する利回りを0.5%から1%に引き上げた。
「ディーリングルームは静寂に包まれていたよ」と話すのは、ある大手証券の債券セールス担当だ。投資家の間で解釈が定まらず「会合結果発表から10分は電話が鳴らなかった」(同)。政策変更の意図について植田和男総裁のメッセージを聞きたいと、様子見ムードも根強かった。
日本生命、国内債「増加」の方針維持
市場での織り込みが本格的に進んだのは週明け7月31日以降だ。国内債には売りが膨らみ、長期金利は今月3日に0.655%と約9年7カ月ぶりの高水準をつけた。同時期に米長期金利が4%を突破したこともあり、「海外勢から新規のショート(債券売り)が出ていた」(みずほ証券の大森翔央輝チーフデスクストラテジスト)という。
金利上昇(債券価格の下落)が進むなかで投資家はどう動くのか。日本生命保険は、日銀が6月にYCCを修正すると期初時点で予想しており「おおむね想定の範囲内」と冷静だ。金利が一時的に大きく上昇する局面では「好機と捉え、超長期債の購入ペース加速を検討する」とどっしり構え、国内債を「増加」という期初の運用方針を維持する。ある大手銀行の債券運用担当者も「従来よりも全般的に国債利回りが上昇し、買いやすくなっている」と明かす。
全員が債券投資に前向きになっているわけではない。ある国内運用会社でバランス型ファンドを運用するファンドマネジャーは「国内債券に対するアンダーウエートは継続するつもりだ」と話す。長期金利は0.8%まで上昇しうるとみながらも、相対的には米国株が優位さが続くとして国内債の構成比率引き上げには慎重だ。
日銀オペに警戒感
短期的には「日銀のオペ運営の姿勢が明確にならなければ、国内債を買いにくい」との声もある。日銀は7月31日と8月3日に、臨時の国債買い入れオペを実施した。急ピッチの金利上昇を和らげる狙いがあったとみられるが、残存期間「5年超10年以下」の予定額は1回あたり3000億円と定例オペの金額(日銀が示すレンジの下限で4500億円)を下回る。ある国内運用会社のファンドマネジャーは「(金利上昇を)まともに取り締まる対応とは思えない」と冷めた見方だ。
前出の大手銀の運用担当者も「(長期金利が)どの水準に達すれば日銀が止めるのか、どの程度の金利上昇ペースであれば臨時オペを発動するか、などを見極めたい」とこぼす。
外国為替市場でも日銀のオペへの警戒感が強い。日銀の政策修正の解釈が定まらないうちは円相場が大きく上下したものの、最終的に「YCC柔軟化は緩和修正ではない」との受け止めに落ち着いた。3日には日銀の臨時オペを手掛かりに1ドル=143円89銭と約1カ月ぶりの円安・ドル高水準をつけた。ある大手銀行の為替ディーラーは「外為市場の参加者は、国債買い入れオペが通知される時間帯は神経質になっている」と話す。
別の邦銀の為替ディーラーも「オペ通知のヘッドラインに反応して円を売買するアルゴリズム取引や取引参加者も多いとの噂がある」と明かす。債券・外為市場で日銀のオペへの関心は高まるばかりだ。
「入札、情報収集に本腰」
足元の金利スワップ市場では、10年物の翌日物金利スワップ(OIS)が0.78%近辺で推移している。長期金利は7日午後時点で0.620%。この先、OISの水準を試す展開になるとの予想もある。短期的には日銀のオペ運営がカギとなるとの見方が優勢だ。
ある国内証券の債券営業担当者は「日銀による厳格な金利操作のもとで、円債投資をかなり絞っていた投資家の一部が戻ってきた。入札に向けて情報収集に本腰を入れる金融機関もある」と語る。金利変動が市場に委ねられ機能度が戻っていくのであれば、国内債を投資先として検討しやすくなる――。そんな期待感も見え始めている。