個人消費なお底堅く
米景気のソフトランディング(軟着陸)観測の強まりを背景に、米金融市場で債券や株式の売買動向に変化が生じている。米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長が重視する年限の「逆イールド」は縮小に転じた。株式やハイイールド債への資金流入が再開している。
市場でも米景気の先行き警戒が後退し始めている。象徴的なのが利回り曲線(イールドカーブ)の「逆イールド」だ。
国債は通常、満期までの期間が長ければ長いほど返済リスクが高くなることを反映して利回りが高くなる。反対に短い期間の利回りが長い期間を上回ることを逆イールドと呼び、景気後退のサインとされる。
ニューヨーク連銀が景気との連動性が高いとの分析を示している3カ月物と10年物の逆イールドは足元で1.2%台と、5~6月につけた1.8%から大幅に縮小した。同連銀が算出する12カ月後の景気後退確率は7月時点で66%と、5月の70%から低下した。
FRBのパウエル議長が重視するのが3カ月物と「18カ月先3カ月」の逆イールドだ。「18カ月先3カ月」はイールドカーブの形状から計算される。この指標でも1%を下回る水準まで逆イールドが縮小している。5月には一時2%超を付けていたが、景気先行きの悲観論が徐々に後退していることを映す。
指標面でも米景気への先行き懸念を払拭する内容が出始めている。
国内総生産(GDP)成長率は高水準が見込まれる。米アトランタ連銀の「GDPナウ」によると、7~9月期の実質GDP成長率(前期比年率、季節調整値)は5.6%に達するとの予想もある。特に個人消費が底堅いことが米国の景気楽観論を支えている。
景気の底堅さへの期待感から、金融市場では景気敏感の資産クラスに資金も流入し始めた。調査会社EPFRグローバルによると、米国のハイイールド(低格付け)債には6日時点で2週間連続で資金が流入した。
ハイイールド債は通常、債務不履行(デフォルト)が増えるとの警戒から景気後退期には資金が流出しやすい。実際に2023年初めから8月23日までに計170億ドルほどの資金が流出してきた。足元では景気軟着陸への期待感がマネー流入につながっている。
米国の株式市場では、景気敏感株の底堅さが目立つ。例えばゼネラル・エレクトリック(GE)は8日時点で昨年末比の株価上昇率が71%に達する。キャタピラーも18%上昇しており、ダウ工業株30種平均の上昇率(4%)を大きく上回る。
米ゴールドマン・サックスのヤン・ハチウス氏は4日付のリポートで、12カ月後の景気後退確率を15%と従来の20%から引き下げた。
15%という水準は、第2次世界大戦以降に「7年に1回」景気後退に陥ってきたのとほぼ同水準にあたる。ヤン・ハチウス氏は「金融引き締めの景気押し下げ効果は縮小しつつあり、24年初めには消滅すると考えている」としている。こうした見方がハイイールド債や景気敏感株などの買いにつながっている側面がある。
もっとも、米国の政策金利は5%超に達している。FRBが2.5%とする中立金利を大きく上回り景気を冷え込ませる水準にある点は従来と変わらない。
逆イールドの拡大が一服したと言っても、逆イールド自体は継続している。市場参加者が想定しているほど米景気が底堅く推移しなければ、資金流入が目立つ景気敏感セクターを中心に相場が崩れる懸念も残っている。
(佐伯遼)