円相場を巡る市場と政府の駆け引きが続いている。過度な円安に歯止めがかかった一方、7日の外国為替市場では、大型連休中につけた円の高値(1ドル=151円台後半)から3円ほど円安が進んだ。焦点は「為替介入」による円安けん制効果と米景気減速サインの行方だ。米消費者物価指数(CPI)など今後の指標次第では再び円売り圧力が強まりかねない。
「円安については日銀の政策運営上、十分注視をしていくということを確認した」。日銀の植田和男総裁は7日、首相官邸での岸田文雄首相との面会後に記者団にこう話した。市場関係者が注目したのは「植田発言」の変化だった。
4月29日に1ドル=160円台まで円安・ドル高が進んだのは、植田総裁の発言がきっかけとの見方は多かった。同26日の金融政策決定会合後の記者会見で、植田氏は足元の円安について「基調的な物価上昇率に今のところ大きな影響を与えているということではない」と言及していた。
市場では円安に対応した日銀の早期利上げはないとの受け止めが広がり、円売りが膨らんだ。円安進行は政府・日銀にとって誤算だったに違いない。岸田首相と植田氏の面会という場を利用して発言の「修正」を図り、暗に円売りをけん制したようにみえる。
過度な円安に歯止めがかかっても、政府と市場の駆け引きは続いている。植田発言をきっかけにした円安進行は2つの要因でいったん抑え込まれた。2度にわたる為替介入観測と、米雇用統計などに映る米景気減速のサインだ。
政府・日銀は認めていないが、4月29日、5月2日早朝の2日間で計8兆円規模の為替介入があったとみられている。2023年通年の貿易赤字が6.5兆円で、既に貿易赤字を上回る規模の円買い需要を介入により作り出した計算になる。
1回目の「介入」が効いたのか、投機筋の円売り拡大も一服したようにみえる。米商品先物取引委員会(CFTC)によると非商業部門(投機筋)の円売越額は4月30日時点で7週ぶりに前週を下回った。円売り規模は依然2兆円超と大きいものの、その後の円高を受けて一段と縮小している可能性もある。
もちろん為替介入だけでは円安抑止に限界がある。介入は一度に大きな需給のゆがみを作り出すことで相場を変動させる一方、日米金利差の拡大など、これまで円安をもたらしてきたファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)への影響は限られるからだ。
今回の為替介入効果を見極めるうえで、過去との比較は有益となる。22年10月の介入では、その時の安値である1ドル=151円94銭を超えて再び円安が進むのに1年超かかっている。為替介入によって円安進行を一定期間食い止めた形だ。
当時、介入効果に加えて米国サイドから「追い風」があったことは見逃せない。22年11月にインフレ率が市場予想を下回ることで生じた「逆CPIショック」が起きた。介入直後に米利上げ打ち止めと、将来の利下げ観測が浮上し、ドル全面高の流れが変わった。
24年の円安攻防でも、再び米国側からの追い風が吹き始めた。米金融政策の見通しを反映し円相場とも連動しやすい米2年債利回りは3日に急低下し、一時4.7%台前半を付けた。介入観測後に発表となった4月の米雇用統計で非農業部門の就業者数が17万5000人増と市場予想を下回ったことが大きい。
雇用の減速が米連邦準備理事会(FRB)が利下げに動く余地が広がったとの見方につながり、市場が織り込むFRBの年内利下げ回数は4月末の1回から2回に増えた。結果としてドル全面高の流れに一服感が強まった。日米金利差の拡大が止まり、縮小に向かうとの見立てから円売り圧力が弱まったともいえる。
今後の焦点は米雇用統計に映った米景気減速の兆候が本物かどうかだ。市場が注目するのは15日発表の4月のCPIだ。ソニーフィナンシャルグループの森本淳太郎シニアアナリストは「4月CPIも含めて継続的に米経済の減速を示す指標が続かない限り、明確なドル高基調の転換は訪れない」と指摘する。
3月のCPIは前年同月比3.5%上昇と2月の同3.2%上昇から伸びが拡大した。4月の数字でもインフレが根強いとの見方が広がれば改めて円売りが加速し、再び1ドル=160円を目指して円安が進むシナリオも残っている。
日米の2年債利回りの差は足元で4.5%程度。金利差拡大が一服したとしても、歴史的にみればなお大きい。国内景気に弱さが残る日本では、日銀が積極的に追加利上げに動くとの見方は少数派だ。結局、金利差縮小→円高シナリオは「米国次第」(三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大作チーフ為替ストラテジスト)との見立てにつながる。
需給面に目を向けても、円高に振れにくい事情がある。7日の東京市場でもニューヨーク市場の1ドル=153円台後半から円安が進み、一時1ドル=154円台後半を付けた。輸入企業など国内実需勢の円売り・ドル買い需要の根強さを指摘する声は多い。