24日に閉幕した国際経済シンポジウム「ジャクソンホール会議」では、世界の中央銀行関係者や経済学者が金融政策の波及効果をどのように高めるかを議論した。米欧中銀は高インフレ局面で綱渡りの大幅利上げを迫られ、市場との対話に課題を残した。政策の道筋を市場にいかに効果的に織り込ませるかが、利下げ局面に差し掛かった米欧の軟着陸の成否を左右する。
米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は9月の利下げ開始を事実上予告した23日朝の講演で、珍しく草稿にはないアドリブを入れた。新型コロナウイルス禍を契機とした高インフレを「一時的」と見誤った経緯を説明した際のことだ。
「一時的だと信じる人の『船』は、著名アナリストや主要な中銀のメンバーで混み合っていた」と言った後、会場を見渡して「きょう、ここにいる何人かも船員だったように思う」とジョークを飛ばした。
FRBが2022年の利上げ開始で後手に回ったとの批判に対し「自分たちだけの責任ではない」という気持ちをにじませた。パウエル氏は今、再び政策の転換期に立つ。失敗を繰り返さないためにも、近年の金融政策の検証が重みを増している。
金融政策の波及効果を検証
今年のジャクソンホール会議は「金融政策の有効性と波及経路の再評価」をテーマに議論した。多くの専門家が見誤ったインフレはなぜ起きたのか。その対応で世界の主要中銀が異例の大幅利上げを迫られたにもかかわらず、景気が底堅さを保ったのはなぜか。今後の利下げで注意すべき点は何か――。こんな問題意識が根底にある。

24日にはシカゴ大のキャロライン・プルーガー准教授らが米国のインフレと金融政策変更に対する市場の見方の変化を分析した論文について議論した。インフレの加速は21年に始まり、当初の債券市場はデータにあまり反応しなかったが、22年3月のFRBの利上げ開始後はインフレの上振れに大きく反応し、金利が上昇するようになった。
コロナ禍前は低インフレ・低金利が続くという長期停滞論が流行し、FRBがインフレにどの程度利上げで対応するかという「政策反応関数」がはっきりしなかった。利上げ開始後は強いインフレ指標に応じてFRBが動くとの予想が明確になり、FRBが実際に利上げする前に市場金利の上昇で金融環境が引き締まる効果が生まれた。
論文は政策移行期の難しさや市場に政策反応関数を示すことの重要性を示唆する。今後の市場との対話の改善点として、FRBが四半期に1度匿名で公表している米連邦公開市場委員会(FOMC)参加者の経済・政策金利の予測を個別に開示し、外部から政策反応関数をより把握しやすくすることなどを提案した。
参加者によると、会議全体を通じて金融政策が経済活動に波及する時間軸や効果の大きさについて活発な議論が交わされた。
金融引き締めの効果が以前に比べ遅く、小さくなったと主張する人々はコロナ対応の積極財政で家計・企業・金融機関のバランスシートが健全になり、金利上昇への耐久力がついていたと指摘した。反対に効果の浸透が速まったとみる人々は、中銀が多くの情報発信をすることで市場が政策変更を素早く織り込むようになったとみる。
現在のFRBはインフレ抑制にようやくめどが立ち、引き締め過ぎによる雇用環境の一段の悪化を防ぐため利下げを進める構えだ。今後、失業率など雇用指標の悪化時にどの程度の速度で利下げを進めるのか。市場との円滑な対話を通じ、過度な景気不安をあおらずに経済活動を支える政策調整を進められるかが問われる。
FRBに先駆けて6月に利下げに動いた欧州中央銀行(ECB)もインフレ再燃リスクを抑えつつ、景気下支えも意識しながら金融引き締め度合いを緩めていく段階にある。景気不安がくすぶるドイツを筆頭に、経済・物価情勢が異なるユーロ圏20カ国を単一の金融政策で束ねていく難しさに直面する。
日銀にも教訓
一連の議論は植田和男総裁が不参加だった日銀にも当てはまる。脱デフレの格闘を長年続けた日銀は金融緩和が常態化し、市場に「日銀は引き締めに慎重」という印象を持たれてきた。7月の追加利上げ時は一部でサプライズとの受け止めがあり、金融市場が動揺する一因になった。
会議に参加したマサチューセッツ工科大のクリスティン・フォーブス教授は日本経済新聞に対し「事前の良好なコミュニケーションの重要性を再認識させる出来事だった」と語った。日銀は今後どのようなデータに基づき引き締めを進めるのか。市場との対話に課題を残す。

中銀が政府の財政政策とどう向き合うかも論点になった。
コロナ禍のような危機時は金融緩和と財政拡張で両者の足並みはそろう。だが、インフレ対応時はFRBが引き締めを進める一方、バイデン米政権は積極財政を続けて景気・物価の押し上げ効果を生んだ。FRB内では中銀の独立性を理由に、財政には口を挟まないというムードが強い。
他方で世界の中銀が参加する国際決済銀行(BIS)の調査部門トップ、ヒュン・ソン・シン氏は取材に対し「中銀が財政政策を左右することはないが、金融政策の運営では財政も考慮すべきだ」と指摘。「財政・金融政策の双方でどのような政策手段の構成が適切か、中銀は国家における議論の一翼を担うべきだ」と提起した。
米大統領選リスクを警戒
公式の会議日程から離れた参加者間の会話では、11月の米大統領選も話題になった。
参加者によると、一部では民主党の大統領候補のハリス副大統領の人気継続を望む声が上がったという。苦戦になれば財政拡張を伴う公約を増やす可能性もある。大規模減税を公約に掲げる共和党候補のトランプ前大統領が返り咲き、上下両院も共和が制する「トリプルレッド」になれば長期金利の上昇懸念が強まる。
不測のインフレ再燃や金利上昇が起これば、政策金利の引き下げを通じて景気の軟着陸をめざすFRBの航路も曇らせる。年に1度の中銀の一大イベントは、政治リスクへの警戒感が拭えない場にもなった。
(米ジャクソンホール=斉藤雄太、南毅郎、高見浩輔)