主要中央銀行で唯一、金融緩和を続けてきた日銀の政策修正に米欧が警戒を強めている。低金利環境下で海外に流出している500兆円の緩和マネーが日本に戻るきっかけになりかねないためだ。緩和継続で金融市場安定の「アンカー」となってきた日銀の動向は世界市場を揺さぶる波乱要因になる。
「世界的に影響を及ぼす大きな変化だ」。米連邦準備理事会(FRB)ウオッチャーとして知られる米紙ウォール・ストリート・ジャーナルのニック・ティミラオス記者はツイッターで、かつてニューヨーク連銀幹部を務めたクリシュナ・グーハ氏の発言を引用しながら、日銀の政策修正をこう表現した。
実際、28日の世界の債券市場は大きく揺れた。オーストラリアの10年物国債利回りは一時0.55%、フィリピンは同0.1%、マレーシアは同0.035%上昇(価格は下落)した。
日本の政策修正が海を隔てた国々に波及したのはなぜか。財務省の本邦対外資産負債残高によると、国内の投資家による海外の証券投資額は2022年末に531兆円に達する。異次元緩和で国内の低金利環境が常態化した結果、資金流出が加速し、海外投資は10年間で約7割増えた。
日銀が長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)の運用を柔軟化したことで、長期金利が13年以来、一度も超えることのなかった1%に到達する可能性が出てきた。
投資に伴う為替リスクもない日本国債の利回りが上昇すれば、海外資産の魅力は相対的に低下する。YCCの柔軟化で日本マネーの「里帰り」が進むとの思惑から世界の金利にも上昇圧力がかかったというわけだ。
世界の金融当局はすでにこうしたリスクに警鐘を鳴らしていた。欧州中央銀行(ECB)は5月に公表した金融システムの安定に関する報告で、日本が金融正常化にかじを切れば、「投資のリパトリエーション(資金回帰)を促進する可能性」があると論じた。
具体的には①金利差収益を狙う「キャリートレード」が減少②国内債券の利回り上昇で、欧米債の魅力が相対的に低下③国内債券が値下がりし、投資家のリスクセンチメントが悪化――することを通じ、日本の投資家が海外の債券に投資していた資金が本国に回帰する可能性があるとした。
国際通貨基金(IMF)も4月にまとめた国際金融安定性報告書で、「日銀による10年来の金融緩和は、日本の投資家を海外投資に駆り立てた」と分析した。オーストラリアやユーロ圏、米国、インドネシアやマレーシアなどを例示し、日銀が金融緩和を見直せば「資金流出に直面する可能性がある」と指摘する。
SMBC日興証券の丸山義正チーフマーケットエコノミストの集計では、世界の主要84中銀のうち87%が22年に利上げした。一方、日銀は2%の物価目標を持続的・安定的に達成していないとして、主要国の中銀で唯一、金融緩和を続けている。
日銀の政策判断が金融システムに大きな影響を及ぼすのは、日銀がリスクマネーの最後の供給源となっていることと無縁ではない。
ある日銀関係者は「政策を見直す際には、海外にどのように影響が波及するか目配りする」と強調する。一方、「自国の物価の動向をみて金融政策を運営するのが基本」とも話し、日銀の政策修正が金融システムの新たな火種になる懸念は残る。
日銀の植田和男総裁は28日の金融政策決定会合後の記者会見で「政策の正常化へ歩みだすということではない」と語り、今回のYCC柔軟化が金融緩和策の出口につながるとの見方を否定した。とはいえ、国内の長期金利が10年ぶりの水準まで上昇すれば、世界の金融当局が描くシナリオが現実味を帯びてくる。