投資情報ななめ読み

FX、「仲値」に向け円安進行 傾向を読み取引巧者に

日経新聞より引用

相場の値動きのクセやパターンを指す「アノマリー(経験則)」。円相場をめぐっては、金融機関が毎朝9時55分に決める為替レート「仲値」に向けて円安が進むとの傾向が有名だ。研究者は検証を重ね、個人投資家ら市場参加者は値動きに便乗しながら収益をあげる。仕組みや取引手法を追った。

金融機関が外国為替取引をする際に基準とする為替レートが仲値だ。金融機関は顧客を相手に外貨を売買する際、仲値に受け取る手数料を上乗せした上でレートを決める。海外旅行前に円を外貨に換えるとき、売りと買いのレートの中心になるのが仲値だ。

一般的に各金融機関は午前9時半ごろまでに、その日の仲値で決済する分の注文を顧客から集めるとされる。集めた注文に伴って生じる為替変動リスクをヘッジ(回避)するために、為替ディーラーが銀行間(インターバンク)市場でカバー取引に動く。

各金融機関は最終的に午前9時55分のインターバンク市場のレートを参考にしながら、外貨の受注状況や抱える持ち高などに基づいて独自にその日の仲値を決める。そのため、仲値は各銀行ごとに数銭程度異なるケースも多い。

アノマリーに注目

東京外為市場では、仲値が公示される午前9時55分に向けて円安・ドル高が進むアノマリーが広く知られる。2003年から現在までのデータを算出すると、午前9時から午前10時にかけて平均で2.3銭の円安・ドル高が進んでいた。1.2銭円高・ドル安が進んでいた10時〜11時の値動きとは対照的だ。24年(9〜10時)の円の下落幅は同3.6銭と、最も傾向が強かった22年(同7.8銭)に次ぐ大きさだ。

背後にあるとされるのは、国内輸出入企業の取引だ。仕入れに使うドルを調達するため、輸入企業は相場の値動きにかかわらず定期的に手持ちの円をドルに換える。ある邦銀ディーラーは「輸入勢は中小企業が多い。相場を見張って安くドルを買うためだけに人材を置く余裕はなく、仲値での機械的な注文を好む顧客が多い」と語る。

「企業数が多く、日々注文が出てきやすいのも輸入勢の特徴。一回あたりの額は小さいが、注文頻度が少ない輸出勢より目立つ印象だ」。りそな銀行でカスタマーディーラーを務める中里信介氏はこう語る。経済産業省の企業活動基本調査によると、22年度時点で日本の輸入企業は9488社と輸出企業の8924社よりも6%ほど多い。

「ごとおび」に円安

資金決済が集中しやすい毎月5、10、15、20、25、30日(「5・10日」=ごとおび)に円安進行の傾向は強まる。日本ではごとおびに支払いをまとめる商習慣「五十払い(ごとばらい)」が輸入勢の間で根強く残る。金曜日や月末が重なったごとおびは特に注文が増えるという。

一方の輸出企業の為替取引については、「海外で稼いだ外貨を円に換えるタイミングは比較的自由で、輸入企業の支払いのような期限はない。円安が進んだ局面を十分待ってから注文を入れてくる」(邦銀ディーラー)。輸出は規模の大きな企業が中心で為替取引に専従する人材も豊富に配置しているため、事務コストを下げるためにあえて仲値で取引する必要もない。

あるグローバル企業の財務担当者は「昔は『ごとおび』に機械的に取引することも多かった。今はもっと機動的に良いレートを取りに動いている」と明かす。商習慣も薄れつつある。 24年に入ってからは、新NISA(少額投資非課税制度)を活用して外国株式型の投資信託を買う個人投資家の注文も、仲値におけるドル需要の強さを支えている。運用会社が運用する外国株を買うために、円を売ってドルを調達するからだ。

「多いときは1日で1300億円のドル買い・円売り注文を仲値で執行したこともある」。全世界株式に連動する投資信託「eMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)」を運用する三菱UFJアセットマネジメントで、外貨建て資産の売買を担う明石祐輔チーフマネジャーは語る。株価指数に連動するインデックスファンドの場合、同社では指数との乖離(トラッキングエラー)を最小にするため仲値で外貨を調達するという。

なかでも、毎月第二営業日にドル買い注文を入れることが多いようだ。三菱UFJアセットマネジメントでは証券会社や銀行を経由して個人投資家の注文が届いた翌日に外貨を調達するが、「第一営業日を中心に月初の申し込みが月全体の3割にも及ぶ」(明石氏)ためだ。一概には言えないが、個人の外国株買いに伴う仲値でのドル需要は月初に強まりやすいと言えそうだ。

仲値に向けて円安が進んだ後は、昼前後に向けて円高が進むとのアノマリーも存在する。「円安進行を待っていた輸出企業が外貨の円転に動く」(邦銀ディーラー)ほか、仲値にかけて過度に進んだドル高・円安を好機と捉えてドル売り・円買いを仕掛ける海外投機筋の動きなども背後にありそうだ。

未明に円売り・9時55分に円買い

仲値が公示される午前9時55分に向けた円安進行や、その後の円高転換を利用して収益をあげようとする個人の動きも活発だ。特に、自動売買システムを好む投資家に顕著に見られる。こうしたFX勢の一日は、まだ暗い丑(うし)三つ時から始まる。

「今日は午前2時50分にドル買い・円売りの注文を入れました」。そう語るのはTrader Kaibe氏(ハンドルネーム)。FXの自動売買で数千万円を運用する大阪府在住の40代男性投資家だ。「5・10日(ごとおび)」にまつわるアノマリーに着目した自動売買システムを2019年から運用している。

戦略はこうだ。

午前2時〜3時、比較的ドル安・円高が進んだ局面をシステムが見逃さず、ドル買い・円売りの持ち高を構築する。午前9時55分には手じまう。同時にドルの売り持ちに180度転じる「ドテン売り」を実行し、ロンドン外為市場が開く前の午後2時〜3時に利益を確定させる。仲値に向けた円安進行、その後の円高進行から一挙に収益を得る戦略だ。

Trader Kaibe氏が取引したのは、2024年11月15日。午前2時50分に1ドル=155円73銭で築いたドル買い・円売りの持ち高を保有し続け、午前9時55分に1ドル=156円76銭で利益を確定した。ドテン売りで築いた持ち高も午後2時に手じまい、合計で1ドルあたり1円43銭の利益を得た。この日に投じた55万ドルをもとにあげた1日の収益は70万円以上に達した。

「ごとおびかつ金曜日が最も収益率が高い」(Trader Kaibe氏)。利益が出る確率は65%と高く、収益率も過去5年間で6割を超える。当初に投じた100万円が5年間で160万円以上に増えている計算になる。収益性の高さから、自動売買システムの販売サイトでは約3万5000円の同システムがこれまでに250本以上売れたという。

「仲値トレードは、急速に円安・ドル高が進んだ2022年ぐらいから急増した印象がある」。自動売買を手がける個人を多く顧客に抱える店頭FX事業者、OANDA証券の柳沢義治代表取締役はこう振り返る。

インフレ懸念から米連邦準備理事会(FRB)がおよそ3年ぶりに利上げに踏み切った22年、対ドルの円相場は一時1ドル=151円台後半と1990年以来の円安・ドル高水準まで下落した。年間を通した値幅は38円と1987年以来の大きさとなった。

激しい値動きは、個人投資家をFX取引に向かわせた。取引額は前年比2倍の1京2000兆円強に達した。FXに関する情報発信がSNS(交流サイト)などをにぎわせ、それまで上級者しか知らなかった自動売買に関する手法や相場のアノマリーが幅広い層に知れ渡ることとなったようだ。

「日本株への投資を考える上でも重要な要素だ」。大和証券の木野内栄治チーフテクニカルアナリストは語る。新NISAに伴う朝方のドル買い・円売りが注目された今春、仲値に向けた円安圧力が日本株高に作用する場面もあったという。

もっとも、仲値をめぐる明確なアノマリーが今後も成立し続けるかどうかは分からない。OANDA証券の柳沢氏は「アノマリーが知られすぎて、昨年ぐらいからは相場が想定通りに動かなくなってきたとの声も聞こえてくる」と語る。

仲値に向けた円安を見込んで多くの市場参加者が未明にドル買い・円売りを仕掛けようとすれば、ドル需要の強さで未明の段階からドル高・円安が進んでしまう。仲値に向けての値幅が収益の源泉となる以上、早期にドル高・円安が進んでしまうと収益機会は見つけづらい。

ある邦銀ディーラーは、「アノマリーが広く知れ渡れば知れ渡るほど、裁定が働いて適正価格とのずれ(ミスプライス)は生じにくくなる」と指摘する。

今後アノマリーがどれほど国内外で知れ渡るか、結果として為替や株式といった各資産の値動きにどんな変化がみられるか。個人投資家にとって、新たな収益機会を見つけ出す際の一つのテーマとなりそうだ。

輸入企業から富が移転

茨城大学教授 鈴木智也氏

資金決済が集中しやすい「5・10日(ごとおび)」は、仲値にかけて円安が進みやすい――。こうしたアノマリー(経験則)は主に日本の輸入企業の商習慣が背後にあるとされ、多くの市場参加者が値動きの傾向を取引に生かしてきた。裏を返せば、仲値での決済を好む国内輸入勢は古くからの慣習によって割高なドル調達を強いられてきたとも言える。

アノマリーの信頼性を確かめるため、各月5、10、15、20、25、30日の値動きを2003〜19年の約17年間にわたり集計した。ごとおびが休日の場合には、前営業日も対象に加えて約1000日分のデータを集めた。統計学的手法を用いて検証すると、面白いことが分かった。

まず、ごとおびは通常日と比べて仲値にかけてやはり円安が進みやすい。平均して1ドルあたり4銭程度円安が進んでいた。中でも、金曜日かつごとおびにあたる日は円安進行の傾向が特に顕著に確認できた。

通貨ペアでは「ドル・円」の取引で傾向が最も強かった。国内輸入企業が貿易取引通貨としてドルを最も多く使うためだ。「ユーロ・円」の取引では傾向が弱まった。

時間帯別では、午前3時頃から円安に振れ始めるケースが多かった。アノマリーへの便乗を考える市場参加者は円売り・ドル買いの持ち高を他者に先がけて保有しようと考える。ただ、早すぎると仲値が公示される午前9時55分までの相場変動リスクが過大になる。こうした投資家心理が、3時からの円安進行を生じさせている。

投機筋やFX勢にとっては、収益をあげやすい有効な取引機会だろう。信じる参加者が多ければ多いほど、円安傾向は強まりアノマリーの確実性は高まる。ただ仲値での決済が多い国内輸入企業からすれば、便乗する市場参加者によって割高にドル調達を強いられているとも解釈できる。

1ドルあたり平均4銭円安に進むとすれば、100万ドルの調達に際し4万円ほどドルを割高に買っていることになる。少額とはいえ、長期間積み上がればコストは想定以上に膨らむ可能性もある。国内輸入勢から為替市場参加者に対して、知らぬ間に富が流出している構図が透ける。

独特な商習慣が薄れれば円安傾向は弱まるかもしれない。だが、小規模事業者が多い国内輸入企業が従来の手法を即座に変えることは考えづらい。輸入企業の外貨調達が為替市場参加者の富の源泉となる図式は、当面の間成り立ち続けるだろう。

短期トレード向きの「DMM FX」

-投資情報ななめ読み