投資情報ななめ読み

AT1債、世界で36兆円 クレディ・スイス巡り警戒高まる

日経新聞より引用

「AT1債」と呼ばれる金融機関が発行する債券への警戒感が強まっている。スイスの金融大手クレディ・スイス・グループの救済買収に伴い、同社発行のAT1債が無価値になるためだ。AT1債は金融機関が破綻した際に損失を吸収する役割があるが、株主以上に損失を被る形となり市場にショックが走っている。

「値段の確認だけでなく実際に売る動きがあり、上乗せ金利(スプレッド)が拡大している」(国内証券の社債トレーダー)。20日の東京市場ではAT1債を保有する国内の金融機関が、早くも国内外のAT1債を売却する動きがみられた。商品性への不安感が強まっているという。

ブルームバーグ通信によると、20日のアジア市場では香港の東亜銀行など一部の金融機関が発行したAT1債の価格が大幅に下落(利回りは上昇)している。

クレディ・スイスは19日、同社の160億スイスフラン(約2.2兆円)分のAT1債の価値がゼロになると発表した。スイス金融市場監督機構(FINMA)がAT1債の減損を決めて同社に通知をしたという。ブルームバーグ通信によると、AT1債の発行額は世界で約2750億ドル(約36.3兆円)にのぼり、財務に不安のある他の金融機関のAT1債を手放す動きが広がりかねない。

発行体の経営破綻時に借入金や通常の社債などと比べて弁済される順位が低い劣後債のうち、償還期限がない債券を「永久劣後債」と呼ぶ。AT1債は金融機関が発行する永久劣後債を指す。一般に発行から一定期間後に買い戻す条項をつけることが多い。弁済順位が低い分、通常の社債に比べて高い利回りを得られる。

リーマン・ショック時には巨額の公的資金を投じて銀行を救済し、国民負担が生じた。これを避けるために導入された措置の1つがAT1債だ。自己資本に算入できるため、国際的な自己資本規制「バーゼル3」の導入以降、発行が相次いだ。自己資本比率が一定水準を下回るなど銀行が資本不足に陥った場合に金融機関の自己資本に組み入れられる。AT1債の元本は削減され保有する債券投資家は損失を被る。

金融大手ラザードによると2020年9月末時点で世界で100程度の金融機関が発行し、全体の8割を欧州勢が占める。英HSBCホールディングスやフランスのBNPパリバ、ソシエテ・ジェネラル、スペインのサンタンデール銀行などが主要な発行体となっている。米系が資本増強に優先株を活用する傾向が強いのに対し、欧州系はAT1債が中心だ。日本のメガバンクもAT1債を発行しており、3グループで3.6兆円弱の残高がある。

市場関係者のショックが大きくなったのは、実質的に救済されたクレディ・スイスの株式は一定の価値を保つのにAT1債が全損となったためだ。銀行が経営破綻した場合、まず株主責任が問われ、次にAT1債や劣後債、普通債と損失が発生するのが通常だ。だが、今回はこの順序とは違う形になった。

なぜか。日本の金融庁は「今回は必ずしも破綻処理ではないので株主責任を国が問うた訳ではない。AT1債には『国からの支援策があった場合、元本割れとなる』という趣旨の契約条項が入っており、今回はAT1債のみ抵触した」と説明する。

クレディ・スイスは破綻でなく買収されたため、株主は一定の対価は支払われる。ただ、AT1債は公的支援の条項から元本削減したというわけだ。スイス政府はUBSに対し、買収に伴い今後発生しうる損失に関して90億スイスフランの政府保証を与える。

もっとも、市場関係者の納得感は得られていない。バークレイズ証券や野村証券で信用リスク分析を手がけてきた土屋アセットマネジメントの土屋剛俊社長は「クレディ・スイスの問題は流動性で、CET1(中核的自己資本)比率は十分にある。この状況で、株式よりも先にAT1債の価値をゼロにするのは論理的に説明しにくい」とみる。「こうした処理が認められるのであれば、AT1債に投資しようという人は減るだろう。他の金融機関のAT1債にも売りが広がりかねない」と話す。

AT1債を発行する日本の大手銀の関係者は「今回はスイス政府主導の特殊なケースだとみられ、通常はAT1債が株式に劣後することはない。株式よりもリスクが高いという認識が広がったとしたら不本意だ」と指摘する。

国内の個人投資家への影響も懸念される。「AT1債の保有が多いと思われるのは資産運用会社」(みずほ証券の大橋英敏チーフクレジットストラテジスト)であるためだ。クレディ・スイス以外の金融機関のAT1債にも売りが広がれば、投資信託の基準価格下落を通じて保有する個人投資家の懐を痛めかねない。

市場では「リーマン・ショックから15年たち、主要な金融機関はAT1債など資本規制対応の債券を十分に発行した。これから調達が難しくなるというケースはあまりないのではないか」(外資系証券幹部)との声はある。ただ、20日の株式や債券市場を見る限り、「市場が安定したとは言いがたい。センチメントの悪化をどこで食い止められるかがカギ」(みずほ証券の大橋氏)になる。

(松本裕子、宮本岳則、山下晃、井口耕佑)

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