円一時157円台 円安圧力なお継続
政府と日銀が11~12日に2日連続で為替介入を実施したとの観測が市場で浮上している。対ドルの円相場は一時157円台まで上昇したが、日米の金利差はなお大きく円安圧力は引き続き強い。政府は円安の長期化で賃上げ効果が消失し、経済の好循環に水を差す事態を危惧する。
「日本は輸入の8割が外貨建てなので投機による円安で輸入物価が上がる。それで国民の生活が脅かされるとしたら問題だ」。財務省の神田真人財務官は12日、為替介入の有無についてはノーコメントを貫きつつも、こう強調した。
対ドルの円相場は11日夜に6月の米消費者物価指数(CPI)が公表された直後に4円ほど急騰した。その後はいったん円安方向に戻ったものの、12日夜に再び急上昇して一時1ドル=157円台前半とおよそ3週間ぶりの円高・ドル安水準をつけた。
円安の進行は円換算した輸入物価を押し上げ、消費者物価を上昇させる。コストプッシュ型のインフレが強まれば、物価変動の影響を除いた実質賃金(きょうのことば)の伸びが鈍り、家計の負担が増しかねない。神田氏の発言からは、こうした政府の危機感がにじむ。
実際、2024年の春季労使交渉の平均賃上げ率は連合の集計で5.1%と33年ぶりに5%を上回ったものの、インフレ率の伸びに賃金の上昇が追いついていない。厚生労働省の毎月勤労統計によると、5月の実質賃金(速報、従業員5人以上の事業所)は前年比1.4%減と過去最長の26カ月連続マイナスとなった。
政府には春季労使交渉での月例賃金の引き上げにより、24年後半以降に実質賃金がプラスになり得るとの期待があった。経団連が12日に発表した大手企業の2024年夏季賞与(ボーナス)の1次集計結果は、17業種97社の平均妥結額は98万3112円と、比較可能な1981年以降で1次集計として過去最高となった。

円安が続けば、こうした経済の好循環に向けた芽は摘まれかねない。明治安田総合研究所の吉川裕也氏の試算では、24年下期の対ドルの為替レートが170円よりも円安に進むと、25年上期の実質賃金の前年同期比の伸び率がプラス転換しない恐れがある。
「円安によるコスト高で収益が圧迫され、24年度は例年通りの定期昇給で精いっぱい。場合によっては賞与減額なども検討せざるを得ない」。日銀が8日公表した「地域経済報告(さくらリポート)」では、熊本県の食料品関連企業が円安の影響についてこんな声を上げた。
円安には企業業績にプラスの面もある。円換算での輸出金額を押し上げるうえ、ドル建て価格の引き下げには販売促進効果があるためだ。

円安が賃金に影響しやすい企業や業種には一定の傾向がみられる。
日本総合研究所の試算では、1年で10%円安が進むと大企業の製造業では賞与を含む年収が5.7%増える。非製造業の中堅企業は2.1%減、中小企業は1.9%減となる。円安は全体の6割以上を占める非製造の中堅・中小で働く人へのマイナスの影響が大きい。
日本総研の西岡慎一氏は「賃金と物価の好循環を実現するには中小の賃上げが必要だが、円安はこの流れを止めてしまう」と懸念する。
日本商工会議所が6月中旬に全国の約2000社を対象に実施した調査では、「自社にとって望ましい為替レート」は110円以上~135円未満とする答えが69.5%を占めた。円安により仕入れコストが上昇しても「販売・受注価格へ転嫁できず収益が悪化する」との回答は43.4%と、23年11月の前回調査から7ポイント上昇した。
円安に歯止めをかけるには、賃金と物価がともに上がる好循環によって利上げしやすい環境を整えることが必要になる。中小企業を中心に働く人の実質賃金が上がるように生産性向上などの成長戦略とともに、価格転嫁などの好循環を阻む要因を取り除く取り組みが欠かせない。