米国の企業年金が、株から債券へのシフトによる運用リスク削減に動いている。近年の金利上昇や株価水準の底上げで、退職給付債務に対する積み立て不足の解消が進んだためだ。債券運用に有利となる米利下げ局面の到来を見据え、株式を減らして債券などへの配分を増やす流れがさらに勢いを増す可能性がある。
将来の受給額を約束する確定給付年金(DB)で、各基金の財務状況を測る重要指標の一つに「積立比率」がある。積み立てた年金資産を退職給付債務で割ったものだ。
米年金コンサルティング会社のミリマンの推計によると、米企業のDBのうち、運用資産規模で上位100基金の積立比率は2024年7月時点で103.5%となり、年金資産が退職給付債務を上回った。
積立比率は08年のリーマン・ショック以降、100%を下回って推移してきた。経済を刺激するため長らく続いた低金利環境は、年金財政という観点では逆風になった。将来発生する年金支払いを現在価値に換算する際の割引率が金利水準を映して低くなり、計算上、退職給付債務が膨らむためだ。
年金債務、22年からの米利上げで縮小
その積み立て不足がようやく解消された。米連邦準備理事会(FRB)が22年春から利上げを開始し、各企業年金も割引率を引き上げてきた結果、退職給付債務が縮小した。金融引き締め下でも米株式相場が24年半ばまで好調さを維持したため、運用面でも株高の追い風が吹いた。
足元の24年度は、実に17年ぶりとなる積立比率100%超えが視野に入る。08年から新規の積み立てを停止しDBが凍結状態にあったIBMは、積立比率の改善を背景に24年1月からDBを再開させた。
積立比率の改善が進むにつれ、各企業年金は運用リスクの削減に動いてきた。
航空防衛大手RTX(旧レイセオン・テクノロジーズ)や物流大手UPSは、23年末時点の株式配分比率を前の年より1割程度減らし、ほぼ同じ分だけ債券の配分を増やした。ミリマンの調査で23年度の上位100基金全体の株式配分比率は23.7%。10年間で約18ポイントも低下した。
こうした流れは、今後いっそう強まる可能性がある。米年金コンサル、エーオンの米国ポートフォリオマネジメント責任者を務めるケビン・ザゴーツ氏は、「株式のリスクプレミアムが小さい(割高な)状況下で、企業年金が株式を増やすのは得策とはいえない」と指摘する。
7月半ばから8月初旬にかけて米株式相場は下落したが、決して割高さが解消されたわけではない。S&P500種株価指数の予想PER(株価収益率、12カ月先ベース)は20倍台で、過去20年平均に比べて3割ほど高い水準にある。
利下げ観測、債券積み増し促す
金融政策の動向も、株式から債券へのシフトを促す可能性がある。
現時点ではFRBが9月に利下げを開始するとの見方が金融市場では支配的だ。インフレ沈静化に加えて、景気減速への警戒から0.25%ではなく0.5%幅の利下げとなるという観測も根強い。
退職給付債務が割引率の低下で再び膨らむのに備え、利下げがパフォーマンスを押し上げる債券の保有を増やす動きは続きそうだ。
オルタナティブ(代替)投資も株式離れの受け皿になる。「高めの期待収益率のために流動性の低さを受け入れる企業は、プライベートクレジット(ファンドによる企業融資)を含むオルタナ投資戦略の活用を検討するだろう」。ミリマンのゾラスト・ワディア氏はこう語る。
UPSの年次報告書によると、23年末時点で同社の年金基金はプライベートエクイティ(PE=未公開株)やヘッジファンド、プライベートクレジットなど130億ドル(当時のレートで約1.8兆円)相当のオルタナ資産を保有していた。
運用リスク切り離しも
保険会社に退職給付債務を引き受けてもらう年金リスク移転(PRT)契約という仕組みの活用事例も増えている。エーオンによると米国では23年に773件、450億ドル相当の契約がなされた。金額は10年前に比べて11倍以上に膨らんだ。
積み立て不足の解消を機にPRTを使い、既存の退職給付債務をすべて外部に切り出すといった手法がある。企業はDB運用のリスクから解放される。米特殊金属メーカーのメタラスは、米保険大手プルデンシャル・ファイナンシャルとPRT契約を交わし、一部を除いて24年でDBを終了させると開示した。
米株相場の上昇が支えた米企業年金の積み立て不足解消は、皮肉にも米株からの年金マネー流出を加速させている。人工知能(AI)ブームによる期待の剝落や米景気の減速懸念に直面し、米株相場は岐路に立っている。
株式需給を緩ませる企業年金の株離れ。今後、相場の重荷となる可能性もありそうだ。