金融正常化を進める日銀が10年超続いた異次元緩和の副作用に向き合っている。植田和男総裁は日本経済新聞の取材で「一段の円安はリスクが大きい」との認識を示した。場合によっては政策変更で「対応しないといけなくなる」と強調した。円安圧力はくすぶり続けており、日銀は経済の不確実性と両にらみの対応を迫られる。
植田総裁は就任以降、5回の政策変更を実施した。2023年7月と10月に長短金利操作(イールドカーブ・コントロール、YCC)を修正し長期金利の上限を事実上引き上げた。24年3月には異次元緩和を解除し、6月に国債買い入れの減額を決め、7月に政策金利を0.25%へ引き上げると決めた。
日銀を悩ませるのが外国為替市場での円安・ドル高の進行だ。高インフレ抑制のため米欧中銀が急ピッチで利上げした結果、日米の金利差は拡大。赤字に陥りやすい貿易・サービス収支など国際収支の構造的な変化もあり、円安圧力がかかり続けている。植田総裁就任時は1ドル=130円台前半だったドル円相場は今年7月、一時161円台と37年半ぶりの円安・ドル高水準をつけた。
植田総裁は「中央銀行の立場からは、物価・経済見通しに為替レートがどういう影響を与えるかという点で考えるし、そこをポイントに政策運営する」と強調した。その上で「インフレ率が2%を超え始めているときに一段の円安になればリスクが大きい動き」として「場合によっては対応しないといけなくなる」と述べた。
輸出産業に追い風とされる円安だが、恩恵は薄れている。10年度時点で平均1ドル=85円台だったドル円相場は23年度に同144円台まで円安が進んだ。その間の海外直接投資は4倍に膨らむ一方、国内の設備投資は5割増にとどまった。むしろ消費を冷やすマイナス面の影響が色濃くなり、日銀公表の実質消費活動指数(訪日客消費の影響除く)は今年9月にかけて10カ月連続で前年同月比マイナスだ。
足元の消費者物価指数(CPI)は生鮮食品を除くベースで政府・日銀の物価2%目標を上回って推移している。
利上げの判断で重要視する要素として「賃金動向と、(企業による)賃金の価格への転嫁の動向」を挙げた上で、足元の賃上げの広がりについて「大事なのはこれが継続するかだ」と期待感を示した。
物価2%目標が実現すれば「(経済の)ダイナミズムが生まれる可能性には若干期待している」とも語った。インフレが起こらないゼロインフレが続くと「コストカットするしかないような企業マインドがまん延する。新しいイノベーションを起こし、それを反映して価格を上げる前向きの動きにつながりにくい」という。
インフレを加味した実質賃金は6月に2年3カ月ぶりに前年比でプラスに転じたが、足元で再びマイナス圏に沈む。植田総裁は「実質賃金はインフレ率と賃金上昇率の対比だ」とし、食品などのインフレ率が「もう少し下がれば今後の実質賃金は少し強くなり、消費をサポートしていくと考えている」と見通した。
バブル崩壊以来の日本の金融政策は、不況で金融緩和が必要になっても、追加利下げの余地がなくなるゼロ金利制約に直面し、長期国債の買い入れやマイナス金利政策といった非伝統的緩和策を講じてきた。植田総裁は「非伝統的な金融緩和手段は、普通の利下げの完全な代替にはならない」と指摘した。不況時にインフレ率が下がるような場合には「普通の利下げができた方がよい」と評価した。
日銀は12月18~19日の金融政策決定会合後に、過去25年の金融政策を総括する「多角的レビュー」を公表する方針で、こうした評価を盛り込むとみられる。植田総裁は非伝統的な緩和政策の効果や副作用を「できる限り定量的に捉えたい」と説明した。
市場機能や金融機関の収益に及ぼした可能性のある「副作用も分析し、全体としての評価を出したい」とした。
資本主義の土台が揺らぎ、世界各国は財政拡張などポピュリズム政策に走る。植田総裁はこうした構図が生まれた要因として「テクノロジーの影響が大きいと思う」との見解を示した。ICT(情報通信技術)や人工知能(AI)など最先端の技術は「ウイナー・テイクス・オール(勝者総取り)の度合いがこれまでの技術と比べて格段に大きい」と指摘した。
最先端の技術は「グローバル化を志向し、中間層にマイナスの影響を与える。この20~30年、分配の不平等が大きく拡大した」とみる。解決に必要なものは「財政政策や競争政策になると思う」とし、「中銀としては物価安定を目指すことで、発生しているかもしれない問題の一部を緩和または解決することになる」と強調した。