日銀が金融正常化に動いています。2024年3月の金融政策決定会合で大規模な金融緩和策を解除し、4カ月後の7月、そして今回の25年1月と計3回の利上げに踏み切りました。政策金利は0.5%と17年ぶりの水準です。日本経済に弱さが残るとの見方もある中、なぜ利上げを続けているのでしょうか。背景を解説します。
賃金と物価の好循環は強まっている
日銀が1月会合で利上げを決めた理由の1つは賃上げの広がりです。年明けごろから大企業経営者を中心に賃上げに前向きな発言が相次ぎました。日銀が全国の支店長を集めて9日に開いた会議でも、各地で賃上げに向けた動きが報告されました。
日銀は大企業の賃上げ率が33年ぶりに高水準となった24年の春季労使交渉に続き、25年も同じくらいの賃上げが広がる可能性が高いとみています。
物価上昇も長引いています。24年12月の消費者物価指数(CPI、生鮮食品を除く)は前年同月と比べて3.0%上昇し、1年4カ月ぶりに3%台をつけました。インフレ率は政府・日銀が目標とする2%を超える状況が長く続きます。
エネルギーやコメ価格の上昇といった要因だけではなく、企業が人件費や原材料費の上昇を価格に転嫁する行動も定着してきました。日銀はこうした国内経済の状況を「賃金と物価の好循環が引き続き強まっている」と表現しています。
ただ国内経済は盤石とは言いづらい状況です。内閣府が24年12月に発表した24年7〜9月期の国内総生産(GDP)改定値は物価変動の影響を除いた実質ベースで前期比0.3%増、GDPの半分以上を占める個人消費は0.7%増でした。新型コロナウイルスの感染拡大前などと比較して「消費にはなお弱さが残る」との見方は日銀内にもあります。
実質的な金利水準はまだ突出して低い
それでも日銀が利上げに踏み込むのは「実質金利」がまだとても低い水準だからです。実質金利は見かけの金利(名目金利)から物価変動の影響を除いた金利水準のことを指します。国債の利回りや銀行預金の金利など、身の回りにある実際の金利水準から予想される物価の変動率を差し引いて算出します。
東短リサーチの加藤出社長が主要中央銀行の政策金利から直近のCPIの前年比を差し引いて算出した「実質的な政策金利」の試算によると、2%台の英国やオーストラリア、1%台の米国などと比べ、日本はマイナス3%程度でした。

なぜ日本だけが突出して低いのでしょうか。市場が長期の実質金利とみる物価連動国債利回り(10年もの)の動きを追うと、その理由が見えてきます。新型コロナウイルス禍が拡大した20年ごろ、日本だけでなく、金融緩和に動いていた米国、英国、ドイツの実質金利がマイナス圏にある時期がありました。
しかし、英国の中銀であるイングランド銀行は21年12月、米連邦準備理事会(FRB)は22年3月、欧州中央銀行(ECB)も同年7月から利上げへと動きました。各国は利上げとともに実質金利が上向きましたが、日本だけは24年3月まで大規模緩和を継続しました。
25年1月24日時点の実質金利は日本(マイナス0.391%)を除き、米国が2.21%、英国が1.032%、ドイツが0.521%とプラス圏にあります。日本の利上げが他国より遅れたことが実質金利の大きな差となって現れた側面があります。

実質金利がマイナスであれば、お金を借りて投資に回した方が得とみることもできます。家計や企業にお金を使ってもらい、景気を刺激する効果が期待できます。
植田和男総裁は24日の記者会見で0.5%への利上げ後も実質金利は「大幅なマイナスで、極めて低い水準」と指摘しました。見かけ上の金利は引き上げたが、物価変動を考慮すれば金利水準はとても低い。景気を刺激する効果は残っており、利上げをした後でも経済に与える悪い影響はそれほど大きくない、といった趣旨です。
「大幅なマイナス」、「極めて低い」といった言葉からは、利上げする余地がまだかなり残されているとみている節もうかがえます。
日銀は円安の負の側面を警戒
実質金利が低いままであることにはリスクもあります。
まず為替です。日本の金利水準が低ければ、より利回りが期待できる海外でお金を運用しようと考える人も出てきます。低い金利の円を市場で調達し、ドルといった高い金利の通貨で運用する「円キャリー取引」が広がりました。お金が海外にどんどん出て行けば通貨としての円の価値は下落し、円安につながりやすい構図になります。
円安は海外にモノを売る輸出企業には追い風ですが、輸入品を買うコストが上がって国民生活の負担になる側面があります。もともと「為替は金融政策の所管外」との立場だった日銀も歴史的な円安が続くなかで物価への影響を警戒するようになりました。植田総裁は24日の会見で「過去と比べると為替変動が物価に影響を及ぼしやすくなっている面がある」との見方を示しています。
日銀の追加利上げ後、外国為替市場は円高方向に少し振れましたが、ほぼ従来の円安・ドル高基調に戻りました。市場関係者の多くが日銀の利上げペースはそれほど早くなく、米国との金利差が急速に縮まる可能性はまだ低いとみているためです。
もう一つは、不動産や株式などに過度にお金が流れ込んで価格が高騰する「バブル」を招くリスクです。かつてバブルの崩壊は金融危機につながりました。都市部の不動産価格はなお上昇傾向にありますが、現時点で日銀はバブルのリスクがそれほど高いとまではみていません。
実質金利がマイナス圏で、円安が国民負担につながる構図が長引くのであれば日銀は再び対応を考えることになりそうです。市場には今夏にも日銀が追加利上げに踏み込むとの見方が出ています。
植田総裁は24日の会見で「少しずつ段階的に動いていくというのが適切な対応と思っている」と話しました。今の金利水準や為替による家計や企業への影響を見極め、利上げのペースやタイミングを探ることになります。