需給ギャップの推計値がマイナスであっても、気にせずに利上げを続けていく――。日銀はそんな新方針を決めたようだ。最近の日銀による情報発信がこの点を強く示唆している。要するに「需要不足」が続いても利上げを継続するということであり、金利引き上げに関する前傾姿勢を印象付ける重要な話だ。
「需給ギャップが示唆する以上に物価上昇」
日銀がこの新方針を最初に示唆したのは、追加利上げを決めた1月24日だ。同日公表した経済・物価情勢の展望(展望リポート)・基本的見解に下記の趣旨の文章を盛り込んだ。「マクロ的な需給ギャップが示唆する以上に、賃金や物価には上昇圧力がかかるとみられる」
需給ギャップは経済全体の平均的な供給力に対して実際の需要がどの程度の過不足状態にあるかを示す指標で、日銀は物価の基調を判断する際の参考データのひとつと位置付けてきた。プラスなら需要が超過、マイナスなら不足だが、日銀の推計値は直近の2024年7〜9月期でマイナス0.5%程度。つまり需要が足りず、本来物価に上げ圧力がかかりにくいはずだ。従来の日銀の利上げに関する説明にどことなく無理も感じられた。
ところが、展望リポートの記述通り、需給ギャップが示唆する以上に物価に上げ圧力がかかるという説明をするなら、日銀は金利を上げやすくなる。
日銀の推計値は過小評価の可能性
需給ギャップが示唆するより物価に上昇圧力がかかるのはなぜか。日銀の推計値が需給の引き締まり度合いを過小評価してきたからだと考えられる。1月27日公表の展望リポート・全文を読むと、その理由がわかってくる。

日銀の需給ギャップ推計は、資本(設備と言い換えても大きな問題はない)と労働力の2つの要素についてそれぞれの需要と供給のギャップを計算し、両者を合わせて算出するのが基本的な流れだ。24年7〜9月期に前者の「資本投入ギャップ」は約0.8%のマイナスなのに対して、人手不足を反映し後者の「労働投入ギャップ」は約0.3%のプラス。全体として0.5%程度のマイナスと推計された。
両者を合わせる背景には、労働力が不足しても、その分を設備の活用で穴埋めできるはずだといった考え方がある。だが、そのような見方が通用しなくなっている点を感じさせる記述が展望リポート・全文にある。わかりやすくいってしまえば、労働力を設備で代替しにくい分野(サービスなど)で人手不足が深刻化し、賃上げ→物価高という流れを生んでいるという話だ。ならば「労働投入ギャップ」をより重視して需給の引き締まりを捉えた方がよくなる。
「実際にはとっくにプラス基調」
ただし、日銀は現行のやり方をすぐに改めることはなさそうだ。需給ギャップの正確な計測は難しいためだ。そうしたなか、「日銀が需給ギャップの計測誤差を認め、小幅のマイナスを続けている推計値をあまり重視すべきではないという判断を示したのは合理的」(日銀で調査統計局長を務めた大谷聡ゴールドマン・サックス証券経済調査顧問)という。
では、実態を反映した需給ギャップはどの程度か。BNPパリバ証券の河野龍太郎氏によれば、とっくにプラス基調になっており、その幅は24年4〜6月期に1.8%だったという。
そういえば、1月の展望リポートでは、日本経済の供給力の天井を反映する潜在成長率の推計値が、従来のゼロ%台後半からゼロ%台半ばに下方修正された。その理由を筆者が記者会見で聞いたところ、植田和男日銀総裁の答えは次の通り興味深いものだった。
「理由は人手不足だ。潜在成長率を決めるものは、労働の伸びだけでなくて資本の伸びもあるが、現状例えばホテルとかに代表されるように、設備はあっても人手不足で設備を十分に使えないというようなことがある。設備を必ずしもフルに使えないというようなことから、潜在成長率の伸びが少し下方修正された」
日銀、労働需給重視なら利上げに前傾姿勢も
潜在成長率の推計でも、設備よりも労働力を重視する必要が出てきたわけだ。それは日本経済の供給力の天井は従来想定ほど高くなく、需要がそれほど盛り上がらなくても物価に上昇圧力がかかるようになっている事実を意味する。
いずれにせよ、日銀は「(設備よりも)労働需給のひっ迫に焦点を当てた情勢判断を行うことが重要な局面になっている」(展望リポート・全文)と考えるようになった。労働市場のさらなる環境変化などで追加利上げ決定が市場の平均的な想定より早まる展開もあるのか、注意しておきたい。
[日経ヴェリタス2025年2月9日号]