編集委員 小栗太
円安・ドル高基調が再び強まっている。米長期金利の上昇を材料にした円売り・ドル買いが優勢になっているためだ。だが市場を見渡してみると、円の売り手は意外に手薄な面も否めない。
円安に弾みがついたのは、トランプ氏が米大統領選で勝利したからだ。トランプ氏が掲げる財政拡大と関税強化で米国内のインフレ圧力が強まるとの思惑から、米長期金利が上昇。市場では、日米金利差の拡大を材料にドルを積極的に買い進める「トランプトレード」が広がった。
実は、トランプ氏が2016年の大統領選で勝利したときも、今回と同様に円売り・ドル買いが膨らんだ経緯がある。だが実際に大統領に就く翌17年に入ると、こうした動きに急ブレーキがかかり、円安の勢いが急速に収まった。
背景にあったのは、円売り・ドル買いを主導したのがヘッジファンドだったことだ。ヘッジファンドは「年末の決算を前に一稼ぎをもくろむ傾向が強い」(マーケット・リスク・アドバイザリーの深谷幸司氏)。トランプ氏の政策姿勢が米長期金利の上昇を招くとみて、一気に円売りを仕掛けたわけだ。
実は今回も、ヘッジファンド主導で円安・ドル高が加速した可能性が高い。みずほ銀行が米商品先物取引委員会(CFTC)のデータから算出したヘッジファンドなどの投機筋による対ドルでの円の売買動向をみると、10月に入るころから円売り・ドル買いを強め、10月下旬以降は一気に円売りを膨らませた様子が見て取れる。
そもそも大型減税で財政負担を高めるトランプ氏の政策は、インフレ圧力の再燃に伴う「悪い金利上昇」という側面も否めない。このまま日米金利差の拡大だけでドルを買い続けるのは難しい可能性がある。しかも市場で進むドル高とは逆に、トランプ氏は自国産業保護を目的としたドル安歓迎の姿勢も崩していない。
結局、16年の大統領選後は円安・ドル高の勢いが尻すぼみになった。新しい年に入れば、ヘッジファンドが円売り・ドル買いを積極的に仕掛ける必要性も薄らぐ。トランプ氏がドル高進行をけん制する可能性もある。
この先も円安・ドル高基調が続くには、短期売買が前提のヘッジファンド以外の円の売り手が必要になる。そこで注目されるのが、年前半に多額の円売りを伴う外貨資産投資で歴史的な円安局面を実現させる一翼を担った日本の個人の円売りだ。
財務省の対外証券売買契約等の状況によると、家計の外貨資産投資を反映する国内の投信運用会社や資産運用会社による海外株・ファンドの買越額は1〜7月まで、月平均で1兆円を超える規模に膨らんだ。新NISA(少額投資非課税制度)の施行に伴い、個人の外貨資産投資が急拡大し、円売り圧力が急速に強まった。
ところが8月上旬の円急騰で、外貨資産の収益が一気に悪化。個人の外貨資産投資にも急ブレーキがかかった。金融庁は新NISAの利用法として長期の積み立て投資を推奨するが、資産の目減りに直面した個人がそのまま投資を続けるのは容易でない。
月平均1兆円を超えていた買越額は、円安基調が再び強まった9月、10月も2000億円台止まり。熊本県の50代の個人投資家は「150円の節目を抜けて円安が進んでも、夏場の円急騰が思い出され、外貨資産投資をなかなか再開できない」と漏らす。みずほ銀行の唐鎌大輔氏は「新NISAに伴う個人の外貨資産投資が再び強まるかが円安持続のカギ」とみるが「このまま歴史的な円安局面を再びうかがう展開になることは見込みづらい」と指摘する。
トランプトレードを材料に円安・ドル高基調が強まったが、ヘッジファンド以外の円の売り手はあまり見当たらないのが実情。ヘッジファンドが新しい年に入り、再び円買い・ドル売りに転じる可能性も否めない。市場は日米の金融政策運営やウクライナや中東の情勢にも目配りしながら、新たな年の方向感を探ることになる。