経済活動が堅調なままインフレが自然に収まっていく。米国で重要指標がそんな理想的なストーリーを告げ、株価は急速な戻りをみせた。本当に嵐は過ぎ去ったのか。
日本株の場合、円高が調整を深くしただけに、気になるのは外国為替相場だ。まずは円が急変動した背景を検証しよう。
起点は日米中央銀行による7月末の金融政策の会合だった。9月利下げを示唆した米連邦準備理事会(FRB)。直後に景気指標が悪化し、緩やかな「微調整型」のはずが急激な「不況対応型」になると危惧された。
市場の意表を突き利上げを決めた日銀。円安への対応に「本気度」をみせる狙いだろう。植田和男総裁は一段の利上げにもことさらに前向きだった。FRBの逆を行く異例の構図が米国発のショックを大きくした。

カギとなるのが金利の先行きを予想し、先々までの固定金利と短期の変動金利を交換する「翌日物金利スワップ(OIS)」市場だ。その取引に織り込まれた将来のある時点の短期金利は、先行きの政策金利に関する市場の見立てを表す。
目先の政策金利の予想となる日米の「3カ月後」の短期の先物金利をみると、米国の急低下が際立つ。FRBが近く大幅な利下げに迫られると踏んだが、最近の指標好転で下げ止まった。
日本の金利予想は逆に上昇し、一時はすぐあとの再利上げまで織り込みにかかった。日本にしては激しい動きだが、揺れの程度は米国を大きく下回る。
最近の3カ月後の金利予想について日米差(米国マイナス日本)をみると、円相場とほぼ同じような動きをしている。

日銀の利上げを巡る戦略ミスや直後の米指標悪化という「間の悪さ」は指摘されて当然だ。それでも日米金利予想の変化からは、円の急変動は米国側の要因が強く作用したと推論できる。
7月上旬に1ドル=160円を下回る「超円安」だった円相場は8月5日に一時141円台まで急伸した。超低金利の円を売って高金利通貨などに投資する「円キャリー取引」が一斉に反対売買を迫られたためだ。米シカゴ市場では投機筋が円の売り持ちを歴史的な規模に膨らませていたが、急激にしぼみ、足元でついに買い越しに転じた。
やや長い目でみると、日米の金利予想の差は「3カ月後」よりも遠い「3年後」のほうが円相場の連動性が高い。
円キャリーが幅を利かす間、両者の溝は広がっていたが、その逆流による円安修正で埋まりつつある。米指標好転で「3年後」の米金利予想が上向いたからだ。当分、米景気は腰折れしないとの見方を裏づける。

そううまくいくのか。ウォール街でも弱気派とされる米シティグループは16日、「景気後退はデータには表れていない……今はまだ」と含みのあるメモを配信した。「市場では楽観論が高まったが、製造業の縮小継続や住宅着工の減少、失業率の上昇は経済が後退局面に差しかかりつつあると告げている」
23日には米ジャクソンホール会議でパウエルFRB議長が講演する。雇用急変に警戒するようなら円は再び高値を試す可能性もある。逆に軟着陸に自信を示せば市場の楽観ムードも手伝い、円キャリーが復活に向かうシナリオもありうる。
海外投機マネーに詳しい金融ストラテジストは「今回の円急騰で痛手を被ったファンドも多いが、余力に応じて短期決戦と割り切って円キャリーの継続や再開を試みる動きもある」と指摘する。
円安が再燃すれば、国内で円安を起点にした海外発の物価高への警戒が高まるだろう。難しくなるのが日銀の立場だ。
「市場が不安定な状況で利上げをすることはない」(内田真一副総裁)と言うが、仮に市場が安定しても利上げの地ならしをすぐ再開できるだろうか。いちど読みの甘さを露呈した以上、「日銀が利上げをすれば市場はまた不安定になるに決まっている」との批判への明快な反論は難しい。
待つのは「円安対応か株価安定か」とのジレンマだろうか。意思疎通が密な債券市場と違い、株式市場との対話には不慣れだ。苦境を見越し、為替と日本株を両てんびんにかける売買で日銀の出方を試す投機的な取引が膨らまないとも限らない。